諸問題をなぎ倒していく大胆な発想・5 (2018年10月版)
米国株の大幅な上昇が続いている。同国の主要平均株価指数であるダウ工業株30種平均(NYダウ)は1982年8月12日の「776ドル92セント」から、18年9月21日の「2万6,743ドル50セント」まで34.4倍の上昇率になっており、長期上昇相場が継続している。しかし、米国株にも「株式の死」といわれた暗黒の時期もあったのである。NYダウ(年末ベース、ドル未満は切捨て)は65年・969ドルが高値になり、66年に785ドルまで下落し、72年に1,020ドルまで上昇したが、74年・616ドル、76年・1,004ドル、78年・805ドル、80年・963ドル、81年・875ドルと低迷が続き、82年に1,046ドルまで上昇し、その後は前述のような長期上昇波動の相場が実現している。
1966年から82年まで長期にわたり米国株は停滞しているが、この主因は手厚い社会福祉政策でコスト高となり、それに追い打ちを掛けた原油価格の急騰で高インフレが常態化し、ベトナム戦争による国費の流出、日本や西ドイツの製造業の台頭等で、米国が経済力の伸び悩む病んだ大国に陥った事を株価が反映した結果だと思われる。このような困難を打開するために同じような状態にあった英国にはサッチャー首相が登場し、米国ではレーガン氏が81年、大統領に就任している。
レーガン大統領の政策はドル高高金利政策でインフレを終息させ、軍事予算の拡大で当時の社会主義大国の旧ソビエト連邦を追い詰め、巨額の減税政策を実施して供給力の強化を目指すというものであった。ドル高高金利政策はマネーを米国に集中させる事で結果において原油や金等の資源価格の暴落を誘発し、資源大国である旧ソ連の経済力を弱らせたため、冷戦の終結、最後は同国の崩壊まで至った事で大成功を収めており、レーガン氏はいまだに高い評価を得ている。ただ、これはゴルバチョフ氏のような自分の身を滅ぼしてでも変革を求めた高潔な人物が旧ソ連の指導者であった事が功を奏しており、運が良かったのであろう。
経済政策の大幅減税は本来の目的である供給力の強化にはつながらず、過剰消費で巨額の経常赤字が発生し、貿易収支の赤字体質が現在まで定着する大きなマイナス面もあったと思われる。ただ、大幅減税で力のある富裕層に一段と力を与える事で、病んで衰えた経済を活性化させ、成功者が大きな利益を得る事のできる社会の実現は、世界から有能な人材を米国に集める導入剤の役割を担っており、それが、現在の情報通信等のハイテク分野での隆盛につながっていると思われる。
レーガン氏の経済政策は経済力の大幅な拡大には寄与したが、極端な富の格差をもたらし、功罪相半ばというところであろう。しかし、少なくとも81~82年頃の病んだ米国経済を立て直すにはドル高高金利政策でインフレを封じ込み、大幅減税で富裕層に力を与え、経済に活力をもたらし、成功者を大きく報いる事で優秀な人材を米国に集めて、軍事・経済の両面で世界のリーダー国の立場を堅持する政策が必要であったと推察している。
現職のトランプ大統領はレーガン氏の政策を模倣していると言われているが、当時と現在とでは経済状況が全く相違していると思われる。米国経済は絶好調だが、異常な富の格差が定着し、それは民主主義の最低条件ともいえる『機会の平等』まで奪い取るような格差の固定化が進行し、強い怒りが充満している状況といえる。現在は富裕層に減税するのではなく増税をしてその財源を活用し、学生ローンで苦しむ若者を応援すべきであり、職業訓練制度を拡充して、労働生産性の高い産業に労働者を移動させる政策が必要であろう。
トランプ氏が一定の支持率を維持しているのは、自由主義経済・グローバル化を推進しても一般の米国人の生活が、余り良くならなかったというジレンマもあったと思われる。しかし、極端な経済格差が発生し、一部の資本家やエリート層は多大な恩恵を受けるが、一般大衆は余り潤わないのは資本主義経済の構造的欠陥の問題だ。自由主義経済、グローバル化の促進は経済効率の向上につながるが、格差の歪みをより大きくするという副作用もあり、大衆には理解しにくい問題といえる。
そこで、関税を引き上げるぞと他国を恫喝して、自国に投資をさせて生産力を拡充し、雇用増に結びつけるというトランプ氏のような異様な経済政策が大衆受けしたと思われる。しかし、卑劣な恫喝外交でなぜ、米国は偉大な国になれるのか。格差等の是正は、レーガン政権前に施行されていた高水準の累進課税制度など税制改革で所得の再分配機能を拡充していく事が有効だといえる。しかし、これは一国のみの政策では無理であろう。なぜなら、現在は資本を移動し、国籍を変える事も可能であり、所得税や相続税の税率を他国と比較して、極端に高くすればその国からは富裕層の資本逃避が起きる事も予想される。
『自由主義経済、グローバル化、一定の外国人労働者の受け入れを推進し、国内政策は極端な貧富の格差を是正するために所得税や相続税の累進課税を強化する事が今後の世界の進むべき道』であり、それを世界的な政治運動にしていく必要があると推察したい。米国はトランプ氏の出現で民主主義とは程遠い政策を実施しており、日本が『大衆資本主義』の世界のリーダー国になるべきであろう。それが、日本も含めて世界経済が円滑に発展する最も妥当な道だと思われる。トランプ氏の存在は『時代のあだ花』で終り、今後は資本主義という枠内で、富の格差を是正する政治・経済論が世界の潮流になると考察したい。
(北川 彰男)