危機を突破する金融政策 (2016年6月版)
当コーナーの先月号の主題は「上がる理が評価される時節」であった。同号の最終出稿日は5月2日になっているが、同日の日経平均株価の安値は15,975円47銭になり、5月31日の高値は17,251円36銭と反発に転じている事から、4月下旬から5月にかけて相場は文字通り、「上がる理が評価される時節」が凝縮されている状況であったといえる。先月号では紙幅の関係で詳細は割愛させていただいたが、今月号では米ドル建て換算の日経平均株価とドル円相場の今後の動向について述べたい。「ドル建て日経平均株価」とは、ドル円相場(日本銀行が公表している17時時点の数値を使用)で日経平均株価を割った価格の事だ。
ドル建て日経平均の最近の価格推移は、高値が昨年4月28日の168ドル53セント、安値は今年2月12日の133ドル31セントになっており、今年4月22日の戻り高値の時点では158ドル93セントと2月の安値と比較すれば19%も上昇している水準だ。円ベースの日経平均は昨年12月から大きな下落率になっているが、今年2月以降のドル建て日経平均は堅調に推移しており、先月号で「余り悲観的に相場を見ない方が良いと思われる」と述べたのは、このような理由によるものだ。株価の変動要因は極めて複雑であり、容易に先行きを予想できるものではないが、少なくとも表面的な数字のみにとらわれる事は避けるべきであろう。
今期の3月本決算企業の純利益は前期比約10%の増益見通しになっているが、今後は原油など資源価格の低位安定による原材料安メリットの表面化や上場企業による自社株買い等の要因で、いずれEPS(1株純利益)の上方修正から、日経平均株価も上昇基調をたどると予想している。ただ、このシナリオの大きな阻害要因になると思われるのが、円高ドル安であろう。直近のドル建て日経平均は150ドル台で推移しているが、仮に150ドルで固定した場合、日経平均株価は、1ドル=120円では18000円、110円で16500円、100円で15000円になる。今後のドル円相場の水準次第で株価の表情は激変するであろう。
それでは、そのドル円相場をどのように予想すれば良いのであろうか。一つの目安となるのは国際通貨研究所の発表する企業物価ベースの購買力平価(国々の物価で為替を推計した数値)であろう。同研究所の資料によれば11年10月のドル円購買力平価は98円91銭、同月の月中平均ドル円相場は76円72銭になり、22.4%のドル安かい離になっている。これに対して、15年6月ではドル円購買力平価は99円24銭、月中平均ドル円相場は123円70銭になり、逆に24.6%もドル高にかい離している。ドル円の実勢価格は、短期的には購買力平価に対して、上下に大きくかい離を繰り返しながら、長期的には購買力平価に接近していく傾向にあるといえる。
今年3月時点のドル円の購買力平価は98円77銭になっている。今年4月の食料・エネルギーを除く消費者物価上昇率(前年同月比)は米国の2.1%に対して、日本は0.7%に留まっており、日米の物価上昇率の格差の定着は、ドル円購買力平価をさらに円高にシフトする圧力が発生すると思われる。ドル円相場の主な決定要因は日米の貿易収支と日米金利差になる。1984年~2015年の日本の対米貿易黒字(年平均、暦年)は6兆4997億円になり、15年は9兆7398億円と過去最高額の水準だ。今後、円高ドル安の政治圧力が一段と高くなる事が懸念される。
日本銀行が今年2月に導入したマイナス金利は多くの批判が寄せられているが、仮に導入していなければドル円相場は既に100円を突破する水準になっていたと推察している。円高の一層の進行は、「円高デフレ不況の深刻化、株価の暴落、財政収支の悪化、年金運用基金の株式評価損の拡大」など数年前に苦しんだ経済状況に逆戻りという事態に追い込まれるであろう。それどころか、公的年金運用で株式買付け枠を大幅に増加させた事もあり、公的年金基金という国民の共有財産を大きく毀損する状況に陥ると強く懸念している。日本銀行はひるむことなく、「マイナス金利幅の拡大」、「ETFの買い付け枠の増額」、「社債・地方債など債券買い付けの多様化」等を実施し、『危機を突破する金融政策』を着実に実行していく事を期待している。
(北川 彰男)