中国経済の現状と今後の動向 (2015年10月版)
中国経済の不透明感が強まっており、日本など世界の株式市場に強い下押しの圧力をもたらしている状況だ。直接のきっかけは8月11日に中国人民銀行(中央銀行)が人民元の対米ドル為替レートの基準値を引き下げた事であろう。人民元の1日の取引価格は基準値の上下2%以内と規制されている。この基準値を8月10日の1ドル=6.1162元に対して、11日から3日連続引き下げている。13日に同基準値は6.4010元になり、合計で4.7%のドル高人民元安になっている。
人民元の市場実勢価格は基準値を下回る傾向にあった事から、国際通貨基金(IMF)は市場価格を重視する提案を中国側にしており、今回の基準値引き下げは将来の変動相場制移行に対応したものとして評価する見方もある。しかし、結果は全く予期せぬ事態を招いており、IMFの提案を受け入れてわずか数%、人民元の基準値を引き下げただけで、なぜ、世界の株式市場を揺るがすような大問題に発展しているのであろうか。
相場の世界では日頃から不安に思っている事が不意に顕在化した場合、多数の市場参加者が疑心暗鬼になり、相場の下落がさらに不信感を増幅して売りが売りを呼ぶ展開になる事がある。8月中旬以降の株価の急落はその典型であろう。IMFのワールド・エコノミック・アウトルックによれば中国の2007年~14年の経常黒字は1兆9990億ドル(年平均2499億ドル)になり、同期間では2位のドイツ(1兆8680億ドル)を上回る世界首位の経常黒字大国になっている。人民元は強い通貨として上昇するのが本来の姿であり、様々な問題はあっても長期間、保有すれば人民元の価値が上がり、保有者は利益を享受できるという見方が強かったと思われる。
しかし、中国人民銀行は8月に人民元の切り下げを発表している。経常収支は黒字でも資本収支が赤字のため、実勢価格が基準値を下回る傾向にあった事が、基準値を引き下げた理由であろう。本来は経常黒字大国が余剰外貨を海外に資本支出するのは当然の事といえる。しかし、今回の件で再認識させられた事は人民元の資本取引の自由化が進展し、変動相場制に移行した場合、中国から凄まじい資本逃避が起きる可能性が高い事であろう。
人民元が急落する事態になれば世界経済は大混乱に見舞われることになる。人民元の通貨不安に脅えた事が、予想以上に市場が動揺した主因だと思われる。また、実体経済面においても通貨を切り下げて輸出拡大を図らなければいけないほど経済が追いつめられているのではないか。いよいよそれに対応しきれなくなり、非常手段に打って出たのではと憶測が増幅していった事が、今回の世界の株式市場の暴落につながったと推察している。
中国経済を分析する際に最も困る事は中国当局が発表する統計数値に対して、多くの方が強い不信感を持っている事であろう。たしかに今年1~3月、4~6月の実質GDP(国内総生産)成長率が政府目標の7%と一致しているのは疑問な面もある。ただ、小売売上高が10%以上も伸びている国で、一部で言われているように2~3%の成長率というのも無理があるといえる。中国研究のシンクタンクでは同国のGDP成長率は5~6%の予想もあるが、5%成長でも大変な事であろう。
世界銀行が発表している14年の米ドル換算のGDPランキングによれば中国のGDPは10兆3601億ドルになり、世界に占める比率は13.3%の水準だ。仮に名目成長率6%(実質成長率5%、GDPデフレータ1%の想定)を6年間継続した場合、GDPの増加額は4兆3359億ドルになり、これは日本の14年のGDPである4兆6015億ドルに匹敵する規模になる。中国は世界首位級の経常黒字大国であり、米ドルに対して人民元が上昇すればこの数値はさらに高くなると思われる。
中国の1人当たりGDPは7432ドル(14年の世界銀行・国連データで推計)で米国の約14%の水準にしか過ぎず、多少の減速はあっても大きな成長余力を持った国であろう。ただ、成長の前提として腐敗などに厳しく対処する一層の政治改革、環境行政、福祉行政、税制、格差問題など改革の課題は山積しているといえる。また、人民元の資本取引の自由化は極力遅らせるなど改革の優先順位を間違わない事が肝要とみたい。高成長から中成長へ中国経済の転換が円滑に進む事を期待している。
(北川 彰男)