インフレへの資産防衛策 (2014年6月版)
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、国民年金と厚生年金で国民に年金を給付したあと、余ったお金を管理、運用する法人だ。2013年末の運用資産額は約129兆円で世界最大の年金基金になっている。昨年末時点の資産構成割合は国内債券55.2%、国内株式17.2%、外国債券10.6%、外国株式15.2%、短期資産1.8%。
国内の株式市場が活況になった事もあり、最近の運用収益は順調に伸びている。12年度の収益額は11.2兆円になり、13年4~12月も11.2兆円の収益を計上し、わずかな期間で「合計22.4兆円」も運用収益を上げている。少子高齢化で年金の支給額が増加する事で年金基金が徐々に目減りし、長期的に年金危機が到来する事を指摘する論考等も目立つ状況だが、現在の好調な運用が継続すればそれらは単なる杞憂に終わるであろう。
GPIFの運用のしくみは、主に運用受託機関(信託銀行・投資顧問会社)に運用委託し、受託機関が金融市場(国内外の債券市場、株式市場)で証券取引を行い、運用収益を上げる構図になっている。もちろん、安定収益の債券運用とは相違して株式の運用収益には波があり、プロの運用といえども株式市場全体の好不調の影響を強く受ける傾向にある。年金積立金の自主運用が開始された01年度から11年度までの全体の収益額は約14兆円、「年平均では約1.27兆円」にとどまっており、いつも好調というわけではない。
現在、年金積立金の資産構成割合の見直しについて多様な意見が挙げられている。最近の収益額が伸びている事もあり、株式の比率を上げる必要性についての議論が中心になっている。国債等の債券は資金調達をする発行体によって、利子の支払いや元本の返済を約束されており、株式とは異なり原則として償還される安全性の高い有価証券といえる。
特に「94年末から12年末」にかけて日本の消費者物価総合指数(除く食料・エネルギー)は、「5.3%下落」(年平均では0.3%)しており、このようなデフレ経済の状況下では、株式との比較において債券投資は優位性を維持していたと思われる。ちなみに同期間の米国の消費者物価指数(除く食品・エネルギー)は「46.3%の上昇」(年平均2.14%)であった。物価と賃金は密接な関係にあり、同期間に日米で50%以上も物価指数がかい離した事で、本来は両国で大きな賃金格差が発生するはずだが、現実は全く異なった数値になっている。
日本貿易振興機構の調査(米国は13年12月~14年1月、日本は14年1月、ドル円相場は今年1月6日、日銀発表の中心相場104円69銭にてドル換算)によればワーカー(一般工職)の月額賃金はニューヨーク2980ドル、シカゴ2886ドル、ロサンゼルス2650ドル、東京2523ドル、大阪2701ドル、横浜2764ドルとほぼ同レベルの賃金水準になっている。長期間にわたって継続した日本のデフレ経済の主因は米国と比較して高過ぎたドルベースの賃金を平準化するための経済的な圧力を受けていた事によるものと推察したい。
しかし、既に日本の主要都市のワーカー賃金は米国主要都市の水準をほぼ下回っており、日本のデフレ経済も過去の出来事になりつつあると思われる。今後は米国の賃金や物価が上昇すれば日本も同様に上昇する経済圧力が強まる事が予想される。日本銀行は年率2%の物価上昇を目標にしているが、年率2%でも10年間継続した場合、現状からの物価上昇率は22%になり、20年後には49%になる。
長期間に及ぶ物価の低落傾向の影響もあり、現状の国内の10年国債流通利回りは0.5%台で推移している。日本銀行が年率2%のインフレ率を目指すと明言している経済状況で、超低金利の国債等を大量に保有し、高水準の債券保有比率を維持している事は大きなリスクであろう。このようなリスクを緩和するためにもGPIFは債券の保有比率を圧縮し、株式の保有比率を高めて将来的なインフレへの資産防衛策を考慮すべきだと思われる。
(北川 彰男)