転換期の米国 (2024年3月版)
日経平均株価は、在職中に見ることはないと思われた史上最高値を上回り、4万円が視野に入り始めた。背景には米国株同様、半導体とAI(人工知能)関連への物色集中と、中国からの資金シフトが要因にあると考えられる。また、円安による輸出企業の業績拡大や、資本効率改善を目指す自社株買いの増加で、上場企業の3月期予想は連続で過去最高益を更新する見通しと相場環境も良い。だが、2023/10-12月期の実質国内総生産(GDP)は2四半期連続、機械受注は3四半期連続マイナスと実体とは違う様相には過熱感もある。東証株価指数(TOPIX)で見ると高値にはまだ隔たりがあり、偏った物色には注意を払いたい。
前段が長くなったが、米国の現況を見てみたい。米国経済は予想以上の堅調さで、1月末発表の2023/10-12月期実質GDP成長率(速報)は、前期比年率3.3%と6四半期連続で2%超の成長が続いている。個人消費が同2.8%増と全体をけん引したほか、設備投資、住宅投資、政府支出、輸出と最終需要が軒並み増加した。企業の景況感を示すISM景気指数は、製造業、非製造業ともに低空飛行だが、全体的に持ち直しの動きを見せ、国際通貨基金(IMF)も経済見通しを改定している。米国特有の株高による資産効果が個人消費を刺激、利上げの影響を緩和して、モノやサービス価格の底上げを助ける構図が浮かびあがる。
1月雇用統計も、非農業部門雇用者数が市場予想を上回り、平均時給も上昇した。これまでは、賃金の高止まりによる雇用の抑制で、景気は年後半に向け減速するとみられていたが、市場では足元の持ち直しの兆しは、堅調な企業業績が雇用コストを吸収、景気後退に陥ることなくインフレが沈静化し、安定的ソフトランディング(軟着陸)のシナリオへと傾き始めている。
連邦公開市場委員会(FOMC)は、FF金利の誘導目標を4会合連続で据え置き、「インフレ率が2%に向け低下しているとの確信が持てるまで、利下げは適切でない」として、パウエル議長も早期利下げ期待をけん制し、今月の利下げ見送りを示唆している。年内3回の利下げが予想されているが、前倒しで期待されて上昇する株価には、過熱感も拭えない。逆に今後、景気後退から予防的利下げ開始となれば、為替相場への影響をはじめ市場の動きに注意が必要となるだろう。
大統領選挙も、軟着陸を揺さぶるリスクの1つと考えられる。共和党予備選挙は、6州連続トランプ前大統領が圧勝、「米国を方向転換させる」と宣言している。予備選の強さから、市場では「もしトラ(もしトランプが大統領になったら)」シナリオも意識され始めている。選挙期間中の裁判の行方次第では、トランプ氏の支持率に影響を与える可能性もあるにしろ、共和党内では他者を圧倒している。堅調な景気が続くわりに支持率の上がらないバイデン政権に対し、「トランプ時代」の政策を望む声や国外紛争に翻弄される現政権に批判的な向きも少なくない。
「もしトラ」の場合、前回同様に大規模な減税期待から株価上昇を見込む声もあるが、様々な方向転換によるリスク再燃も懸念される。NATO(北大西洋条約機構)からの離脱や、ウクライナ撤退、イスラエル支援などの外交政策をはじめ、日本製鉄による米鉄鋼大手の買収阻止、中国への関税引き上げ検討など、摩擦が高まる可能性は強い。関税引き上げの場合、輸入物価上昇や大型減税による財政悪化で長期金利の再上昇も懸念されるだろう。内政でも移民規制強化が再浮上した場合、移民労働者減少によって労働市場がひっ迫、賃上げ圧力の火種となる可能性や、人口増加のブレーキで、成長率が落ち込むことも考えられる。また、パリ協定から脱退ともなれば、EV向け補助金を頼りに多くの企業が投資・製造を決めた後に打ち切られる可能性も排除できないだろう。
米国は今、景気と金融政策の転換期を探る局面に差し掛かる中で株価の最高値更新が続いている。昨年、「マグニフィセントセブン(アップル、アマゾン、アルファベット、メタ、マイクロソフト、エヌビディア、テスラ)」の時価総額は大幅に増加し、7 銘柄合計で東証時価総額の約 2 倍まで拡大した(2月初旬時点、上記7 銘柄の時価総額12.5 兆ドルに対し、東証時価総額は6.2 兆ドル)。
株価は、経済の半年先まで織り込むと言われるが、バフェット氏のアップル株一部売却報道など、マグニフィセントセブンの動きや大統領選を見守りつつ、米国の先行きを注視したい。
(戸谷 慈伸)