注目されるインド (2023年9月版)
株式市場は、上値の重い展開が続いている。8月は、米国のインフレ長期化や中国経済の減速の影響を警戒する動きに終始した。
そんな中、インドが世界のけん引役として注目されている。面積は世界第7位、経済規模は昨年度名目GDPで約3.4兆㌦となり、宗主国であった英国を抜き世界第5位となった。IMF(国際通貨基金)は、今年度の成長率見通しを6.1%に上方修正している。中長期の成長性を左右する人口は、国連白書で今年14億人を上回り中国を抜き最多になると推定しており、総人口は2060年代初頭まで、生産年齢人口は2050年にかけて増加が続き、11億人規模と予想されている。2021年時点で、40歳未満が全体の約70%を占めるといわれ、人口減少や高齢化に直面する日本や中国に対し、若年層の増加による労働供給力と、消費の拡大を通じた経済成長が見込まれている。
経済生産性指標のひとつである総付加価値構成比では、金融・保険・不動産や貿易・宿泊・通信などのサービス業が約4割を占める。ご存じの方も多いが、世界でも有数のITエンジニア数を誇り、IT企業GAFA(Google、Amazon、Facebook(Meta)、Apple)が開発拠点を置く。また、世界有数のユニコーン企業も数多く存在し、今後の成長が期待されている。つぎに約2割を占めるのが、農林水産業である。農業従事者は、就労人口の約半数を占め、食品加工業などの関連産業も多い。農地の約6割で穀物生産を行ない、小麦やコメは国連機関によれば、世界第2位の生産量を誇る。一方、製造業が15%程度にとどまっており、政府主導によるビジネス環境の整備や、企業の直接投資の誘致を通じた製造業振興が課題である。
主な輸出品は、鉱物性燃料・化学品・食料品で、燃料や化学品は、原料を輸入し精製・加工された後、集積されて輸出されるため、輸入品においても上位である。インドは、主要エネルギーの大半を輸入に依存(原油の約9割、天然ガスの約半分)しており、エネルギー価格の変動は経済への影響を及ぼしやすい。そのため、価格の上昇で貿易収支や経常収支の赤字幅は、拡大する傾向にある。また農産物は純輸出国であり、コメの輸出量は世界第1位で全体の約4割を占める。
通貨インドルピーは、1993年変動相場制を採用後、先進国同様に大きな変動には中央銀行が介入や規制によりコントロールされている。現在は資源価格の上昇による経常赤字や、インフレの影響によって1㌦=80ルピー台、対円では1ルピー=1.7円前後で推移している。また外貨準備高は、5,209億㌦とIMFの示す適正水準評価を上回り、通貨危機的状況に陥るリスクは極めて低いとされている。経常収支は、貿易赤字を原因に恒常的な赤字が続いているが、情報技術やIT産業の成長、在外からの送金によりサービスや第二次所得収支では黒字を保つ。貿易赤字の原因は、エネルギーをはじめ、成長に伴う国内消費や投資の増加を背景に、輸入が増え、輸出向け製造業が経済規模に対して追いついていないことが要因とみられており、製造業の拡大がテーマである。
2014年発足のモディ政権は、「自立したインド」をスローガンに、インフラ整備を通じた直接投資誘致や、製造業の国際競争力強化といった対策に取り組み、その成果も出始めている。経済規模では上位でも、1人当たり名目GDPでは世界145位と出遅れており、労働市場の非効率性の改善が必要とされる。中国同様に世界の工場としての役割を担うためにも、若年層の高失業率の解消や、人口メリットを生かした製造業へのシフトが今後のインド経済におけるポイントとなる。そのほかにも、社会的慣習(女性の労働参加やカースト制度)や識字率の低さといった課題が残る。中国の共産党主導による政策運営と異なり、インドは民主主義が根付いており、時間を要することは避けられない。モディ政権は3期目の選挙を来年に控えており、成果を問われる時期も迫る。
外交面では今年のG20の議長国を務める傍ら、「グローバルサウス(南半球を中心とする途上国)サミット」を主催し、途上国との橋渡し役を務める全方位外交によって、中国をけん制する。ウクライナ問題も、武器輸入の関係にあるロシアとは、表向き批判しながらも原油を購入する中立的な立場を取る。
今後ますます、世界のインドに対する期待は、大きくなるだろう。自立と台頭をめざすインドの動きには、要注目である。
(戸谷 慈伸)