注目される東証の改革 (2019年7月版)
東京証券取引所(以下東証)は16日の取引(約定)より決済リスク低減などを目的に、株式等の受渡日が1営業日短縮される。世界の市場に対抗できる資本市場強化のため、東証は構造改革に取り組み始めている。
そのひとつに市場区分の見直しが検討されている。3月に現状での課題と見直しに向けた論点が整理、公表された。東証には3600社以上の企業が上場しており、4つの市場のうち、1部上場が2000社を超える現在、大枠で3つの課題が取りまとめられた。
1つめは、それぞれの市場区分や、投資家の利便性である。2部、マザーズ、ジャスダックの位置づけが重複した部分もあり、分かりにくいことや、1部の市場コンセプトも明確でないためパッシブ(指数連動)投資が普及し、流動性の低い銘柄の価格との間に歪みが生じている。2つめは、現状、市場が上場企業に持続的な価値向上の動機づけを与える役割が果たせておらず、1部上場へのステップアップ基準が十分に機能していない。3つめは、株価指数の存在。多くの機関投資家がベンチマーク(指標)としている指数が東証株価指数(TOPIX)で、1部の全ての銘柄で構成され、グローバル的に特異である、など。
市場関係者からの意見(パブリックコメント)でも、①異なる市場区分の存在が企業の資金調達を高めることに繋がらず、投資者の利便性を向上させていない。1部上場後は安泰であるような錯覚が醸成されつつあり、収益、時価総額、流動性、経営体制・ガバナンス、情報開示が低水準な企業が存在する。②上場基準と廃止基準に乖離がある。③新規公開株の実態として、上場時の規模のまま成長しない企業が存在し、上場後に長期の機関投資家の投資対象にならない。④パッシブ運用の拡大により、1部銘柄の中に時価総額と浮動株比率の低い企業がフェアバリューより高く評価される傾向がある。など、関係者の間でも異論はないようである。
今年5月に金融審議会に専門グループが設置され、今後幅広い観点から議論が深められる。第一に、幅広い企業への上場機会の提供と、上場後の持続的な企業価値向上を動機付ける観点の重視。明確なコンセプトに基づいた階層構造にしない上場会社の成長段階や、投資家の層に応じた市場区分の設置。現在の4つの市場から、①一般投資者の投資対象としてふさわしい実績のある企業向け(A)。②国際的に投資を行う機関投資家をはじめ、広範な投資者の投資対象となる要件を備えた企業向け(C)。③高い成長可能性を有する企業向け(B)、の3つの市場に再編を検討する。第二に、上場基準はガバナンス体制・流動性・利益水準・市場評価(時価総額)等の基準としながら、質的な基準も重視する。BはA・Cの基準より緩和した上場基準とする。第三に、退出基準は経営成績や財政状態だけでなく市場評価を加味した基準とし、他市場からの移行、新規上場、退出を共通化する。また機関投資家参入促進策や、開示等諸制度の改善など、が挙げられ、これまでの検討・議論により方向性は見え始めている。
しかし、まだ道のりは遠い。今回の改革は市場区分の見直しだけでなく、TOPIXの見直しも避けられないうえ、Bの市場については機関投資家参加のためのルール見直しも必要となる。株式指数のあり方に関しても世界的に株式投資のパッシブ化が進んでいると考えられ、市場において株式指数の果たす役割は大きい。
再編と指数の見直しはマーケットにも影響が及ぼすものと考えられる。東証はグローバルな市場間競争での魅力ある市場作りを、投資家は市場からのリターンを、上場企業は資金調達と上場企業というブランドを求めており、意見集約には今少し時間がかかりそうだ。TOPIXは多く投資信託でベンチマークとして活用されており、そのETFは日本銀行の金融緩和における資産買入れ対象である。小型株を組入れるアクティブ運用のファンドにも影響する可能性も否定できない。移行においては、影響を十分に考慮したプロセスの確保が重要とみられる。
現在、上場企業のうち株価純資産倍率(PBR)が1倍に満たない銘柄が4割以上、存在する。利益水準は過去最高の水準であり、売上高経常利益率は7%を超えているにも係わらず、昨今、株価の上昇を伴わない。日本市場の魅力と、上場企業の価値の持続的向上のためにも市場の改革の前進を期待したい。
(戸谷 慈伸)