『果実を取りに行く』対中政策への転換 (2019年1月版)
謹賀新年。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。米中通商協議の交渉期限が3月1日になっており、同問題の行方次第で日本の株式市場は大きく変動する見通しだ。結論からいえば「米中通商摩擦が何らかの決着を得られれば株価は急反発し、昨年12月のような先延ばしになれば上値の重い展開が継続すると思われる。また、交渉が決裂して中国の輸入品に対する関税率の引き上げや対象品目の拡大と米中貿易摩擦が一段と激化すれば米国株は本格的な急落相場に直面するとみたい。それは世界の株式市場の一段の下落へと波及し、新興国の経済危機を誘発して世界経済の景気減速が強まり、日経平均株価は1万8千円まで下落する可能性もあると思われる。
もちろん、それは最悪のケースであり、実際はどのような可能性が高いのかを考察したい。ただ、最大の分析対象が予測不能ともいわれるトランプ米国大統領のため、極めて難解な問題だ。そのトランプ氏だが、案外、簡単な思考の方だと思っている。同氏の頭の中にある最優先事項は「支持率拡大」と「オバマ前大統領への対抗心」なのであろう。2017年1月、オバマ氏が主導した医療保険制度(オバマケア)の見直しや米国のTPP(環太平洋経済連携協定)からの永久離脱を表明、6月にパリ協定(15年、オバマ政権時に地球温暖化ガス排出量の削減を195カ国で合意)の離脱表明、18年5月に米中ロ英仏独とイランとの核開発制限合意(15年)の離脱表明と徹底的に反オバマを推進している。
なぜ、反オバマなのか。理由は前職の黒人大統領のやった事は全て間違いであり、白人の自分たちが決める事が正しいのだという白人の優越心を満足させる事が、最優先事項の「支持率拡大」に直結するからだと思われる。また、自分がオバマ氏より有能な歴史に残る大統領になるためには前職の功績を消し去りたいという国民不在のただの自己満足が同氏の思考の大半を占めているのであろう。昨年末時点のトランプ政権の重要閣僚が同氏を「小学5~6年生の理解力」と酷評したとされているが、「お兄ちゃんよりボクの方をもっと見て、ボクの方がすごいよ」というもっと幼児的な感覚の持ち主だと思えば同氏の行動パターンは理解しやすいのではないか。
昨年からトランプ氏が注力している米中通商摩擦に対する同氏の思考は、旧ソビエト連邦を解体に追い込んだレーガン元大統領を念頭に置いたものであろう。レーガン氏は当時の悪性インフレ克服のために「ドル高・高金利政策」を導入している。結果において米ドルに世界のマネーが集中する事で、旧ソ連の有力な資金源であった原油や金が暴落し、国力が衰退した事や同国の指導者であったゴルバチョフ氏が民主化を急いだ事など歴史の偶然から、望外な成果を得る事ができたが、レーガン氏は運が良かっただけという面もあると思われる。しかし、米国共和党の支持者からみれば旧ソ連の解体は誇らしい成功体験だといえる。
米中通商問題はその再現であり、今は苦しい事もあるが、いずれ勝つという高揚感やレーガン時代の郷愁がトランプ氏の支持率を支えているのであろう。また、それ以上に08年9月のリーマンショック以降のオバマ政権による財政政策や金融政策で景気自体が順調な事が、同氏の支持率維持に最も作用していると思われる。トランプ氏は景気が良いのは自分のお陰だといっているが、経済というものは軌道に乗せてしまえば後は政治が足を引っ張らない限り、順調に作動していくものだ。トランプ政権は『オバマ政権の遺産の恩恵』を受けているのであり、経済を圧迫する余計な事をしないのが、最良の策であろう。
その最大の余計な事が、米中通商摩擦である。もちろん、この問題は米中による第4次産業革命、ハイテク分野、さらには軍事上の覇権争いである事は明白だ。世界の自由貿易体制に参加しながら国有企業に巨額な補助金や支援を国ぐるみで後押しする中国の産業政策は日欧米の企業からみれば不公平であり、中国には強力に是正を求めていく事が肝要だ。しかし、同国の1人当たりGDP(17年)は米国の15%弱の水準であり、中国の指導者は他国と同様に自国民を豊かにする責務を負っている。世界一の経済力・軍事力を持った国が、関税をかけるぞと脅して屈服させる手法を国際社会は容認すべきではない。
米国は「ボクの言うとおりにしないといじめてやるぞ」という「関税引き上げ恫喝外交」を悔い改め、オバマ政権が推進したTPPに復帰して日米を中心にした強力な経済ブロックを構築し、我々のルールに中国企業を誘導していく方が、費用対効果は高いと推察したい。もちろん、反オバマで凝り固まっているトランプ氏にこの最良の方策を選んでほしいと願っても無理な事であろう。だから、株価は悲観して下がっているのだと思われる。
しかし、冒頭にあるように米中通商摩擦を激化させていくと世界経済全体に大変な打撃を与える事になる。そうなれば米国景気にもマイナスの影響をもたらし、景気が悪化すればトランプ氏の支持率の低下にも波及していくであろう。トランプ氏が20年11月の大統領選挙で再選する可能性を多少でも残したければ対中通商摩擦の恫喝外交は終了させ、『果実を取りに行く』対中政策への転換が必須事項になってくると思われる。このような考えから3月1日までに米中通商摩擦は一旦決着し、株価は年央にかけて2万3千円台を目指すと推察している。
(北川 彰男)