元に戻るのではなく、前に進む出口戦略 (2017年10月版)
日本銀行が推進している金融緩和策をいつ縮小すべきかという「出口論」が活発になっている。一般的に出口論とは現在、日銀が大量に購入している債券や株式を徐々にゼロになるまで縮小し、その後は日銀の保有資産を現状から、大幅に減らすために資産を償還または売却し、これらと並行して物価水準に合わせて金利を引き上げていく事をいう。結論を先に言えば今まで通ってきた道を元に戻る過去の常識にとらわれた出口論ではなく、一段と前に進める事が、国民に最も負担の小さい真の出口論になると考察したい。
日銀の金融政策を大転換した黒田東彦氏の日銀総裁就任は2013年3月になる。黒田総裁は同年4月4日の金融政策決定会合で「量的・質的金融緩和」と呼ばれる金融政策を実施している。「マネタリーベース」とは日本銀行が供給する通貨の事だ。具体的には市中に出回っているお金である「日本銀行券発行高+貨幣流通高」と「日銀当座預金」(日銀が取引先金融機関等から受け入れている当座預金)を合計したものであり、銀行等の信用創造活動の原資になるものといえる。
日銀は為替の変動相場制への対応等でマネタリーベースを70年末の5兆8,302億円から、73年末の11兆3,105億円まで3年間で1.94倍にしているが、73年10月に発生した第一次オイルショックの影響等で消費者物価指数が74年に前年比で23%も急騰する失態を招いている。その後、マネタリーベースを短期間に急増させる金融政策は日銀ではタブー視されていたが、黒田総裁は過去の常識を覆して13年4月にマネタリーベースを2年間で2倍にする金融政策を発表している。長期国債等の資産を市場から購入し、資金供給する手法だ。長期国債は保有残高を年間約50兆円増加するペースで購入する事を決定している。
そして、14年10月には長期国債の保有残高を年間約80兆円に相当するペースまで拡大して購入すると決定しており、日経平均株価やTOPIX等に連動するETF(上場投資信託)の購入も徐々に増加させ、16年7月にはETFの保有残高を「年間約6兆円」に相当するペースで買入れる事を発表している。日銀が長期国債やETF等を買入れた代金は金融機関が保有する日銀当座預金に払い込まれるが、16年2月には同残高のうち30兆円以下をめどにマイナス金利を適用するという日銀としては初となる金融政策を実施している。
さらに16年9月には長短金利操作付き量的・質的金融緩和として、代表的な長期金利の10年物国債利回りを概ね「0%程度」に誘導すると発表している。金融市場の常識では中央銀行の金融政策は短期金利を対象に誘導するものであり、長期金利は多様な要素が加味されるため、長期金利の目標設定はできないとしていた過去の常識を日銀自身が書き換えたといえる。これも「国債の大量買い付け」と「マイナス金利の適用」の成果であろう。
1945年3月末の政府債務残高の規模(対国民所得比)は軍事関係の支出等の影響で「267%」に達していたとされている。現状の日本は戦争をしたわけでもないのに名目GDPの「200%」を超す異常な累積政府債務を抱えており、日本銀行が長期金利をゼロ近辺でコントロールできる状態をつくった事は国債の利払い費の削減につながり、国民にとって極めて有益な状況を実現している。
17年3月末で国債及び借入金現在高は1,071兆円になるが、負債の318兆円(自営業者含む)を差し引いた家計の純金融資産のみで1,491兆円もあるため、まだ余裕はあるともいえる。しかし、超高齢化社会の進展で今後、さらに働かない人が増えて、働く人が減る事は必定だ。それにより貯蓄と消費のバランスが崩れて、いずれ国民経済全体からみれば貯蓄不足となり、金利が上昇し、利払い費が急増するとみたい。遠い将来の事だが、それは毎年、着実に近づいていると思われる。
日銀の金融政策を後戻りさせる出口論ではなく、これを前に進めて出口を見出すべきだ。財政法第五条において、「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない」としている。「低利の超長期国債」を発行して今後、日銀保有の長期国債(17年6月末で392兆円、全体に占める比率は49%)の償還時には同国債に直接切り替えるように国会で議決し、将来的な利払い費の急増を封じ込み、累積債務の国民の不安解消へとつなげる事が肝要だ。一連の日銀の金融政策で実現している超低金利という絶好の機会を果敢に活用するべきであろう。これが最も国民負担の小さい真の出口戦略になると推察している。
(北川 彰男)