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なぜ、マイナス金利政策が必要なのか (2016年11月版)

日本の財政赤字問題の悲劇は、2016年6月末で普通国債残高が816兆円以上もあるにも関わらず、数千億円にも満たない小規模な歳出削減策の話ばかりしている事であろう。国債残高は05年度末の527兆円から、15年度末の805兆円まで、毎年度の平均で約28兆円も増加している。増税を受け入れるのは国民であり、確かに気持ちの問題も重要である。ただ、借金の残高に比べて、大勢に影響のない感情論に終始している間に国債残高は静かに積み上がっている状況だ。

 

グローバル化とは国境の垣根が低くなる事だと解釈している。先進国の賃金や物価が伸び悩んでいる事が話題になっているが、これはグローバル化の進展で、安価な新興国の賃金や物価との平準化から、先進国に上昇を抑制する圧力が発生しているからであろう。しかし、足元では日本との平準化が急速に進んでおり、いずれ新興国の賃金や物価の水準は日本との平準化が進むであろう。これはグローバル化の原理であり、それが実現する時期が早いか遅いかだけの問題だと推察したい。

 

1970年代前半、賃金が上がるから物価が上がる。物価が上がるから賃金を上げる必要がある。新聞紙上等で経営者側と労働者側の論争が延々と続いていた事を記憶している。現在の新興国は日本の70年代の状況に酷似していると思われる。ベトナム(ホーチミン市)のワーカー(一般工職)の月額賃金は概算で2万3千円程になっている。しかし、賃金が10年間で毎年20%上昇し、ベトナムの通貨が円に対して現在より30%上昇した場合、月額賃金は18万円を超える水準になる。日本の横浜市のワーカーの月額賃金は現在30万円強だが、輸送費や政治リスクを考慮した場合、10年も経たずにベトナムでモノをつくって日本に輸出するメリットはなくなるであろう。

 

アジアの新興国の賃金上昇は日本との平準化の均衡点を目指して、今後も上昇を続ける事が予想される。恐ろしいのは、その均衡点を超える事を予見して、日本にも物価や金利の上昇の波が押し寄せてくる事だ。それが、10年後か15年後になるのか、もっと前になるのか、誰にも正確には分からない事だ。少なくとも財政赤字の残高は今よりも巨額な金額になっているであろう。その際、金利の上昇で利払い費は一気に急増し、借金の重みが本格的に顕在化するとみたい。大手格付け機関の日本国債の格下げやヘッジファンド等による日本の国債の売り崩しが危惧される。

 

国債等の急落は金融機関の経営に大打撃をもたらすであろう。90年代の後半がそうであったように金融危機は、日本経済全体の危機につながり株価も暴落するであろう。日本の公的年金を運用する主要な機関である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の16年6月末の残高は、129.7兆円になるが、そのうち日本株は27.3兆円、外国株は27.6兆円を運用している。直接、株式を買っていない方でもGPIFのみで「国民一人当たり43万円強、4人家族で173万円」も買っている状況だ。株価の暴落は日本の公的年金に巨額の運用損を発生させ、年金の円滑な支給にも多大な影響をもたらすと思われる。

 

このような事態は通貨の信認にも悪影響を及ぼす事から円も急落し、物価や金利は一段と上昇して、利払い費を増加させる悪循環が発生するであろう。財政赤字の急拡大を補うために増税をすれば景気は停滞し、税収が急減するため、増税に追い込まれて一層の景気停滞をもたらす事になる。当然、その期間の株価は下落基調が続き、公的年金の運用損は大幅に拡大するであろう。15年の名目GDPに対する日本の政府債務残高はギリシャの197%を上回る229%の水準だ。この残高を通常の政策で解決しようとすれば余りにも重い国民負担が発生すると思われる。もはや、正統派の財政論、経済論での解決は無理な段階に入っていると推察したい。

 

マイナス金利政策の最大の効用は国債の買い付けと組み合わせれば長期金利の一定の制御が可能な事を実証した事であろう。新興国の賃金水準が日本と平準化するまで、多額の超長期国債を発行し、将来的な利払い費の急増を封じ込む必要がある。財政規律を守るため、単年度の財政黒字の法制化を検討する事と並行して、低利率の超長期国債を日本銀行が直接引き受ける政策を視野に入れるべきだと思われる。マイナス金利政策は『日本経済の命綱』であり、これを撤回する政策だけは決して導入しない事が何よりも肝要であろう。

 

(北川 彰男)

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