投資家に分かりやすい市場 (2014年5月版)
株価は今年に入って伸び悩んでいるが、基調的には強気でみている。その最大の理由は現状の日本市場のPER(株価収益率、投資家の期待値ともいえる)が米国と同等か、やや下回る13~15倍台の水準で推移している事だ。1972年以降、日本のPERは米国との比較で割高な水準が常態化していた。特に1989年にかけてのバブル相場で日米のPERは大幅にかい離し、89年末には東京証券取引所1部上場企業を対象とした実績ベースのPERは70.6倍の水準まで上昇している。
ちなみに米国の代表的な主要平均株価であるS&P500に採用されている企業の平均PERは同時点で14.7倍であった。PERは株価を1株当たり利益で割った単純な計算式だが、PER上の株価変動要因はPERの水準と企業利益の増減になる。株価が上昇するためにはPERという投資家の期待値が上がるか、企業利益の拡大が必要だ。PERの極端な上昇は株価の急騰につながる事になり、89年末にかけて日本の株価のバブル相場は『PERバブル』ともいえるのであろう。
それでは、なぜPERバブルは発生したのであろうか。その最大の要因は戦後、土地を担保に金融を拡大し、経済発展を推進する構造が底流にあったと思われる。土地の付加価値が上昇する事で地価が急騰し、企業には膨大な含み益が発生する事になる。バブル相場の後半には企業利益よりも土地や株式の含み益の水準が株式投資には重要な指標になっていた事がPERバブルを助長したといえる。
土地という資産は金融機関が融資をする場合、目に見える分かりやすい担保だと思われる。担保になっている土地の価格が上昇し続ければ金融機関の貸し出しの枠も拡大する事になる。企業は土地を担保に金融機関から融資を受ける金額が増大し、設備投資に一層多額の資金を投入する事ができる。また、融資枠の拡大は経営困難に直面している中小企業や零細企業を効果的に支援する事にもつながり、経済全体の底上げを図る事が可能になる。
さらに地価が上昇すれば固定資産税など税収の拡大に直結し、政治や行政も様々な社会インフラや福祉等のサービスを国民に提供する事ができる。最も恩恵を受けるのは土地を持っている方々になるが、土地を買う側は高くなれば取得が難しくなり、不公平感が強まる事になる。しかし、今は高いと思っても将来的に値上がりするのであれば住宅ローンを組んで買えばよいのであって、ある程度は納得する事もできるのであろう。
バブルというものはそれで社会全体がうまく回って大多数の人がそれなりに恩恵を受けているからこそ、本心では疑問に思いながらでも、皆が問題点を追及しないように避けているため、深刻化するものだと思われる。日本の経済、金融、土地、株価、PERのバブルはこのような構造で深化したのであろう。その結果、同コーナーで何度も触れている事だが、国土面積が25分の1ほどの日本の地価を合計すると米国が5つも6つも買えるというほど日本の地価は上昇したのち、91年1~3月をピークに暴落に転じている。
土地を担保に金融や経済が膨らむ大多数の日本人にとって居心地の良い状態が、なぜ壊れたのであろうか。簡略にいえば「国境の垣根が低くなるグローバル化で、日本の地価の異常高が許容されなくなった」からであろう。地価は直近ではやや上昇傾向だが、未解決事項として日本経済の長期的な発展の障害になっているとみたい。人口の減少している日本において、地価の下落を根本的に解決するには外国人労働者の増加等の政策を充実し、少なくとも人口の減らない状況を構築する必要があるが、同問題は次号以降に取り上げたい。
地価の暴落は日本経済に甚大なダメージをもたらし経済の鏡ともいえる株式市場も長期下落相場となり、東証株価指数は2012年6月まで下げ続ける事になった。しかし、日米のPERは既に平準化し、株式市場を苦しめた日本のPERバブルは解決済みの問題といえる。今後は日本の株式市場も米国のように企業利益の増減にほぼ連動する『投資家に分かりやすい市場』が定着していくと思われる。株式市場に安定感が増す事で、日本の個人金融資産や年金運用に占める株式の保有比率も米国のように上昇すると予想している。
(北川 彰男)