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トランプ大統領と関税 (2025年3月版)

活況を呈した半導体関連銘柄も、中国の低コスト生成AI開発「ディープシーク」の台頭によって一時の騰勢を失いつつある。当面、円高基調もあって、物色の柱が見極めにくい展開が予想される。

 

トランプ米大統領は、就任直後から矢継ぎ早に大統領令に署名し、移民規制強化やエネルギー・環境政策など、米国第一主義に向かって深くアクセルを踏み込んでいる。同時に、中国からの輸入品に60%、それ以外の日本を含む全貿易相手国に10~25%の関税を課すことも表明した。

 

米商務省の2024年貿易統計(国際収支ベース、季節調整済み)によれば、米国の貿易赤字額は1兆2,117億ドル(約185兆円)で過去最大を記録、国別では1位が中国の2,954億ドル、2位メキシコ、3位ベトナムと続き、日本は685億ドルの7位であった。トランプ大統領は、隣国のカナダとメキシコに25%と中国に10%の輸入品への関税を宣言、直前にメキシコとカナダには移民や不法薬物流入の規制強化での協議を理由に猶予入りしたが、中国には引き上げを実施した。同様に欧州への引き上げも示唆しながら、鉄鋼・アルミ全輸入品と自動車への25%関税を表明した。今後も半導体、医薬品といった分野への同様の関税を検討しており、今後のグローバル経済への影響が不透明なまま、日本も含めて先行きが懸念されている。

 

関税は、古代都市国家時代から他国からの輸入品の手数料として課せられた古い税で、主に国の税収確保と国内産業の保護育成、貿易による政策が目的とされた。現代では、先進国と発展途上国とで位置づけが異なり、途上国では国家収入の重要な財源とされる一方、先進国では政治的要素が強くなっている。

 

この状況は、労働力減少を通じて日本経済の成長(供給力)の低下をもたらす要因となりうる。足元、サービス業などを中心に顕在化する人手不足は、今後さらに強まる傾向にあるとともに、ある研究機関では、2050年にはシニア層とよばれる60歳以上の労働力人口割合は、3割以上に上ると予測されている。人口減少とともに、企業が人手不足に対応するため、AIやロボットなどによる自動化・省力化の導入や、DX(デジタルトランスフォーメーション) 推進を急ぐなか、産業構造は変革期を迎えている。他方、労働力不足を解消するための外国人労働者の就労受け入れ拡大についても検討されてはいるが、そのために必要な制度づくりや多文化共生社会の整備、他国との賃金の比較など、現時点での課題は山積した状態である。

 

通常輸入品に関税がかけられた場合、国内生産者保護や国の税収増加が期待される反面、価格上昇、いわゆるインフレによる消費の後退を招くと考えられ、経済全体にとってはマイナスの影響が大きいとされている。ただ今回は例外的に、世界最大の消費国である米国のため、相手国は最大顧客に対して輸出価格を下げてでも販売の維持に動く可能性も考えられる。相手国が米国以外へ販売を転じることも想定されるが、今回のような場合は輸入価格の上昇が僅かに留まりながら税収は増加、生産や消費に大きな影響を起こさぬまま経済全体としてプラスとなる可能性もあるだろう。

 

第1次トランプ政権当時の関税引き上げ発動後の輸入価格上昇も、限定的なもので終わっており、実際の物価上昇はバイデン政権時の方が顕著であった。実際、関税の対象となる相手方のほうが、米国に比べて経済への影響が大きいと考えられ、自国通貨に下落圧力がかかる結果となった。ただ通貨下落は輸出競争力の上昇につながり、為替差益を考慮して輸出価格の引き下げに動くとともに、国際市場の価格下落によって、米国経済への影響は限定的なものに留まっている。前例を踏まえたうえでの引き上げとした場合、関税は米国に有利な条件を引き出すための取引材料と推察される。万が一、米国企業や消費者への負担を強いられることとなれば、政権支持率の下落要因ともなり得るため、相手国から有利な条件を引き出せるのであれば、関税率引き上げは消極的なものとなるのではないだろうか。今回、大統領のカナダ、メキシコに対する延期の合意も、発表とともに起きた株価の下落によって、想定以上のマイナスインパクトの大きさを感じとったとも受け取れる。特にビジネスマンである大統領にとって、株価が大きく下がることは、米国民の金融資産への大きな痛手であり、マーケットの下落によって国民の支持が自分から離れてしまう懸念を感じた可能性があるだろう。中国への関税適用に関してだけは、公約実行の実績を残すことができる相手国と考えられたためではないだろうか。

 

ワシントンで行われた日米首脳会談では、大統領は石破首相から対米投資1兆ドルへの引き上げと、LNG輸出拡大の約束を引き出し、USスチールに関しては買収ではなく投資であると一線を引いた。首相の訪米の成果を評価する向きもあるが、帰国直後に表明した鉄・アルミへの追加関税をみると、手のひらで転がされた印象を覚える。

 

世界全体がトランプ大統領の在任中、関税を取引材料に交渉されることは覚悟すべきである。前回とは違い、大統領周辺にはブレーキをかける役柄の存在がいないことがリスクであり、不確実な大統領の発言や行動に翻弄されない見極めが今後は重要になるだろう。

 

(戸谷 慈伸)

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