世界が注視する米国のインフレ (2022年3月版)
米国経済は、インフレ懸念に直面している。労働省発表の2022年1月時点消費者物価は、前年比7.5%増と、1982年2月以来約40年ぶりの上昇率となった。食品とエネルギーを除いても、6.0%と91年以来である。新型コロナ感染症拡大以前は、前年比+2%程度で推移していたが、昨年4月以降、上昇が続く。特にモノの価格は、前年同月と比較すると、レンタカー・中古車約40%、家具17%、男性用衣類11%、食品7%など、広範囲に上昇している。
インフレは、モノやサービスに対する需要が供給を上回る場合に起こる。今回は、資源価格、物流コスト上昇、サプライチェーンの混乱、半導体不足等による生産の減少など、供給制約が背景と考えられる。コロナ禍以降の郊外シフトによって、自動車を買いたくても人数分に足りなければ、価格が多少高くても購入することとなる。このように、モノに対する需要に供給が見合わない場合に価格水準が上昇を起こす。
要因を、考察してみたい。米国の個人消費は、第1波による落ち込みから、昨年4-6月期以降コロナ前水準以上に回復した。まず考えられるのは、需要面へのトランプ政権時の一人当たり1400㌦の現金給付という財政出動による刺激である。結果、購買力を高め、モノへの消費が回復したとみられる。
つぎに、世界的な中東やウクライナ問題による資源価格上昇と、生産現場、港湾、輸送のオペレーションの制約が考えられる。半導体に代表する供給不足や、入出荷の遅延が解消しない環境で、米国の輸入依存度や、輸送コストの上昇が影響を及ぼしたとみられる。
そして大きな要因と考えられるのが、賃金の上昇である。労働需給の引き締まりを表す失業率は、昨年12月に3.9%に低下し、FRBが完全雇用の目安とする4.0%を下回った。21年11月時点の求人件数は約1,056万件と過去最高水準で推移する一方、求職活動を行う失業者数は、同12月時点で631万人と求人件数を大幅に下回る水準にある。つまり、現在の労働市場は、労働需要に対して働き手が足りない状況に変化した。この状況に拍車をかけたのが、人材の流出である。自発的な離職者数は、昨年11月時点で431万人と過去最高水準を記録しており、より良い雇用条件を求めて離職をする労働者が増加、企業も人手を確保すべく賃金を急速に引き上げざるを得ない。今年に最低時給引き上げを予定する州は、全米の5割にのぼり、23州で時給10㌦超、カリフォルニアでは連邦最低基準7.25㌦の2倍以上、15㌦の大台に乗る。労働者は、就職機会が多いことに気づき、急いで就職しなくとも賃金の上昇を期待できると考え始めたようである。こうして、賃金上昇も物価上昇に一役買っている。今後、一時金や資源価格の上昇、供給制約については、時間の経過とともに和らぐことが想定されるが、賃金上昇については不透明感が漂う。
最後に、政府の巨額財政支出も見過ごせない。トランプ政権下の給付金に上乗せして、バイデン政権も就任当初、米国救済計画と称して1.9兆㌦の巨額支出を実施した。この金額は、当時予想されていた先行き4年分の需要不足の2倍に相当し、FRBのバランスシートも2倍の8兆㌦台に急拡大させた。
FRBはインフレ圧力を抑え、バランスシート改善のため、金融引き締めを開始している。昨年11月に量的緩和の縮小を開始、今月のFOMCにも利上げ開始が予想されている。原則的には、金融引き締めによって経済にブレーキがかかれば、インフレは抑制されるはずだが、不況を招くリスクも考慮し、慎重に実施されなければならない。避けるべきは、予想外の政策や行動で市場を驚かせることである。市場参加者にとってサプライズが起きれば、将来への不確実性を高めるうえ、新興市場経済にも影響を与えることにも考慮が必要となる。多くの新興国は、コロナ禍に財政赤字と債務の増加を余儀なくされるなか、大きなドル建て対外債務を抱えており、ドル高が助長されれば、債務負担を増大させることとなる。
今後のFRB議長の、言動と舵取りに注意を払いつつ市場の動きを見極めたい。
(戸谷 慈伸)