家計金融資産の行方 (2021年4月版)
30年半ぶりの3万円を回復した日経平均株価だが、米国の大規模追加経済対策や、ワクチン接種による経済活動正常化、企業業績の回復期待が背景にあったと推察される。現状は、前号で指摘した日銀のETF購入対象がTOPIXに一本化することや、米長期金利上昇を注視する局面となった。ここからの一段の株価上昇には、経済成⻑と企業業績の持続的な回復見通しが必要となる。
2月に発表された家計調査では、昨年の平均勤労者世帯の実収入(2人以上の世帯)は、実質で前年比4.0%増加した。同じく、消費支出は実質5.3%の減少となった。給与・ボーナスが減少するなかでの増加は、政府による一律10万円の「特別定額給付金」の給付が要因とみられる。対する支出の減少は、被服及び履物-19.8%、交通・通信-8.6%、教養娯楽-18.1%が顕著であった。コロナ禍が人々の生活パターンを変化させたことを、今回の調査は物語る。
在宅勤務や入学・卒業式等のイベント自粛により、衣料品需要には一段の下押し圧力が生じた。アパレル業界は、7年連続需要減少により、今まで以上にブランド・売場の縮小を余儀なくされている。ただ一方で、ルームウェアなどは好調に推移しており、百貨店とファーストリテイリングの株価の動きを見れば明白である。同様に、外食から内食への移行や、旅行や外出を伴う教養娯楽が減り、書籍やゲームへの支出が増加した。外食が30%近く減少する中で、マクドナルドに代表されるテイクアウトやデリバリー、そして食品スーパーの売り上げ好調もその表れである。また、旅行、宿泊業界の苦境に対し、任天堂が過去最高益を記録するなど、娯楽の形も大きく変化した。さらには、今後も社会的に会議・打合せ等がオンライン形式中心に置き換えられるならば、以前より出張は減り、新幹線や航空機の利用者数が回復しないことも考えられよう。このように、コロナ禍は多くの人々の生活パターンを変化させ、業態や各企業の取り組みの違いを生じさせることとなった。今後、上述の事象のいくつかは不可逆的なものとなる可能性も考えられる。
今回調査のうち消費性向は、61.3%と前年比6ポイント以上の低下と記録的低水準となり、イコール貯蓄率の上昇につながっている。金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」では、2人以上世帯が保有する家計の金融資産額の2020年平均値は1721万円と前年比10%を超える増加となった。内容を抜粋すると、今後保有を希望する金融商品は「預貯金」が51.1%と前年比7.4ポイント上昇、いずれかの有価証券(債券・株式・投資信託)を希望している世帯は25.4%と前年比10ポイントの大幅上昇となった。有価証券の中では、株価上昇を受けて株式が前年比6.2ポイント上昇の15.1%、株式投資信託が同5.0ポイント上昇の10.3%と、運用に対する積極性が増す傾向を示している。平成の時代、長らく続いた資産デフレと円高の間、現預金での保有は、投資の成功体験が得られる環境ではなかったことが背景にあり、現預金で資産を保有するのは自然な成り行きであった。だが今はアベノミクスを起点に、海外に準ずる相場環境が整い、令和の日経平均株価3万円到達は、投資への安心感を生み出せる環境と言える。また日銀の資金循環統計でも、家計の金融資産は20年12月末で前年同期比2.9%増の1,948兆円と2四半期連続で増加した。そして、その半分以上を現金と預金が占め、現金は100兆円を初めて突破している。
「貯蓄から投資へ」のスローガンは、2001年小泉内閣が決定した骨太の方針のうち、「証券市場の構造改革プログラム」として金融庁により取りまとめられた。20年が経ち、現在は「貯蓄から資産形成へ」と呼称は変わったが、今こそ「資産形成」への意識の芽生えを期待する時と思われる。家計部門にこれだけの現預金が積み上がったことはかつてないことで、こうした資金が、資産運用に向かうことこそがこれからの株価上昇のカギを握る。
今後を見据えた、時代のターニングポイントが来ているのではないか。
(戸谷 慈伸)