市場が映し出すもの (2020年7月版)
「U字型」、「L字型」と実体経済の回復は緩やかと見通される中、株式市場は「V字型」の回復を見せた。日米とも3月の安値から、わずか3か月で9割以上戻し、ナスダックは史上最高値更新と、08年リーマン・ショック時に比べても異例のスピードで回復した。
一般的に株価は、半年から1年先の経済を予見するとされるが、先月の経済活動再開による景気回復期待が買い材料とはいえ、そのペースは期待先行の色彩が濃い。現時点では域外への移動制限解除と、雇用・消費とも下げ止まりの兆候を見せたに過ぎず、直近の株価上昇を正当化できる水準まで、実際の経済活動が回復するかは疑問を残す。上昇の背景には、各国の財政・金融政策があり、中央銀行の大規模な金融緩和策による市場への資金供給と、資産買い入れ策の影響と考えられるのではないか。
平時であれば、景気判断後に実施されるべき政策もコロナ禍という非常時を受け、速やかに日本銀行の上場投資信託(ETF)買い入れの倍増(12兆円)や、米連邦準備理事会(FRB)の投資適格級から格下げされた債券の直接買い入れなどが実施された。FRBの総資産は直近で7兆973億㌦(約770兆円)と、3か月で3兆ドル増加し、日米欧の中央銀行の総資産は10年前の約3倍まで膨らんでいる。世界の投資家がインカムゲインの拠り所にしてきた米国債の1.0%割れ水準の常態化が、資金を株式市場にシフトしやすい環境を作り出している。上場企業の過半数が、今期の業績予想を合理的に算出不能と発表する中での上昇は、期待先行と見るべきであろう。
目を見張る米ナスダックの株価上昇は、経済ではなく、企業の先行きを暗示した動きといえる。金融相場の要因とともにコロナ以前の社会に戻るのではなく、新常態(ニューノーマル)に向けての動きが、上昇に繋がっているようだ。コロナ禍でのテレワークの普及により、昨年公開したばかりの米ZOOMの株価は年初から約3倍、アマゾンは約40%、ネットフリックスは約30%の上昇を記録した。
1990年代、自宅で映画を見たい時にはレンタルDVD店を利用する以外なく、不便と考える利用者は多かった。延滞金に対する不満も汲み上げ、オンラインで延滞金不要の宅配DVDレンタルサービスを開始したのが13年前の米ネットフリックスである。10年後には、返却の手間もないデジタルメディアのストリーミングサービスを開始、飛躍的に成長したのは周知のとおりである。未来を見据え、自ら立ち上げたビジネスモデルさえも変革し、今日の姿を築いている。DX(デジタルトランスフォーメーション)の象徴的な出来事といえよう。
DXが各国で取り組まれる中、米中が先行し、スマートフォンやクラウド上でのサービスが生み出されている。従来のビジネスモデルが成り立たなくなる、デジタルによる破壊が各所で発生しており、既存企業も生き残りのために取り組む課題が、 DXであろう。巨大化したGAFAは、プラットフォーマー企業として、多種多様なサービスを提供、集めた個人データで更なる成長を遂げている。
修業における段階を「守・破・離」とあらわすが、「破」は他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階とされる。この20〜30年間は、DXによって社会構造は大きく変わると考えられ、既存の形態を前提としているだけでは、「破」すなわち破壊を伴う新たな産業創出は進まない。米中に比べ、日本には、破のエネルギーが未だ少ないと思われる。
進化論で有名なダーウィンの、「最も強い者が生き残るのではなく最も賢い者が残るのでもない。唯一生き残るのは変化するものである。」という言葉にある通り、環境変化に対応する力を持つことが企業にとって、生き残り、飛躍するための手段となる。米ナスダックの株価は、行き過ぎなのか、未来への暗示なのか判断のしどころである。
(戸谷 慈伸)