金価格と中国人民元 (2020年2月版)
新年早々、トランプ大統領の自作自演のような米国とイランの軍事的緊張の高まりから、日本の株式市場は波乱含みの幕開けとなった。
日経平均株価は、大発会以後4日連続300円を超える変動幅となり、投資家はいつも同様に振り回された。その後、9日の大統領演説による緊張緩和でダウ工業株30種平均は29000㌦を上回り高値を更新したが、中東問題もトランプ大統領にとっては、選挙を前にした自身の支持層に対するアピールするディール(取引)の一つに過ぎないようである。
時を同じくして、日本市場で高値をつけたのが金および金連動投信、ETFであった。金価格は株式やドルの動きと逆相関の関係にあると言われており、昔からリスクヘッジの対象として買われてきた側面がある。「有事の金」と言われ始めたのは1960~70年代の米ソ冷戦に遡り、62年に旧ソ連がキューバに核ミサイルを配備、対抗した米がカリブ海を海上封鎖したのがきっかけであった。万が一核戦争が起きても実物資産として最後の拠り所として注目されていたが、89年ベルリンの壁崩壊、冷戦時代の終焉から、有事の金の必要性は次第に薄れ、人気離散の時代を迎えていった。近年は、紛争などの小競り合いでは大きな動きを見せなくなり、瞬間的に買われてもすぐに終息する傾向を見ると、有事=金価格上昇の図式は現実味がなくなりつつあるようだ。では金価格が大きく上昇を始めたのはいつかをみると、08年のリーマンショック以後である。この時は金価格も下落したが、その後はドル安、金高の動きを見せ始めた。戦争のような有事で動いていた金価格は、世界の中央銀行の資産の膨張(金融緩和)を背景に金融危機という有事に備える対象として注目されるようになった。
ワールド・ゴールド・カウンシルが発表した18年の世界全体の金需要は4345.1トンで、ここ数年、全体の需要と供給は横ばいが続く。目的別の内訳を見ると宝飾品50.6%、投資26.7%、工業用7.7%、公的機関・中央銀行15.0%。公的機関・中央銀行は9年連続で買い越しており、増加の一途を辿っている。18年末時点での中央銀行の金保有量は、1位の米国FRBが突出で8133.5トン、2位ドイツ3369.7トン、3位IMF(国際通貨基金)2814.0トンと続き、4位イタリア、5位フランス、6位ロシア、7位中国、8位スイス、9位日本、10位オランダの順であった。中央銀行自身が金の保有を増やすことは、マイナス金利の時代における通貨価値の保全やインフレ対応を目的とした動きと考えられる。世界最大の貿易赤字国である米国は、ドルの信用力を確保する担保としても外貨準備高の7割以上の金保有を行っているといえよう。
そんな中、着実に金保有を積み上げているのが中国とロシアである。最近、中国は年内にも、デジタル人民元の発行を計画しているとの報道を耳にするようになった。当局要人の発言では、開発は順調で、中央集権的管理モデルによる世界初デジタル通貨発行、管理を行う初の中央銀行になることを仄めかしている。国家主導による発行への背後には米国との貿易戦争に続いて、ハイテク技術覇権、そして通貨覇権の思惑が浮かび上がる。世界の通貨決済がドル中心であることに対して、一帯一路や、その他新興国を中心にした人民元通貨決済圏確立と国際化を目的とした金購入、という通貨信用力向上の思惑が見え隠れする。国内だけでなく国際間でも簡単に送金できる通貨を政府管理し、発行量の目標を守るとすれば、紙幣がデジタルに置き換わっても国際通貨として保有されることは否定できない。そうした場合、個人、企業ともデジタル人民元による決済の可能性はあり得る。
数年後、中国14億人においてデジタル人民元が普及した場合、ビジネスや観光などあらゆるシチュエーションでの利用が想定され、「ドルOK?」から、「人民元OK?」に代わる可能性は十分にある。日本においても他人事ではなく、インバウンドの人々が「人民元OK?」と言えば「NOエクスチェンジ」と断ってはいられなくなる。金価格はじめ、人民元の今後の推移を見守りたい。
(戸谷 慈伸)