踊り場の電気自動車(EV) (2024年11月版)
15年ぶりの自公過半数割れにより、政局の行方は米国同様に見通し難くなった。波乱に備えてタイミングを計りつつ、木 (機)を見て対応したい。
次世代自動車の本命とされるEVの世界販売台数が、減速傾向を示している。日米欧の主要各社の間では、従来のEV生産計画の縮小や軌道修正の報道が相次いでいる。
2015年パリ協定採択以降、カーボンニュートラル目標に対する再生エネルギー導入と、化石燃料脱却による脱炭素化の取り組みが世界的に活発となった。率先して欧州連合(EU)が脱炭素化と産業振興の両立を目指すなか、モーターのみを動力源とするEVは、脱炭素化の本命として推進され、世界的に普及の流れとなった。それが今、その道程も簡単ではないことが再認識されている。
9月に独最大手フォルクスワーゲン(VW)が、創業以来初となる国内複数工場の閉鎖と、1994年以来の組合との雇用保護協定終了の検討が報道され、驚きをもって受け止められた。先月にはトヨタ自動車の北米におけるEVの生産計画の見直しも報道され、北米初となるEV工場の生産開始時期を2025年から26年前半に延期、有数の自動車市場である北米での販売戦略を修正した。トヨタは、将来的な北米EV市場の成長は見込んでおり、投資を増やす方針には変化はないとしているが、延期の背景には、米国内のEV市場の販売減速に加え、主力ハイブリッド車(HV)需要が好調であることが要因といわれる。そのほか、フォード・モーターは、カナダでのEV生産と発売時期の延期を決め、ゼネラル・モーターズ(GM)も、現代自動車との提携を見据えて小型車重視の開発方針に転換、電池の調達戦略も見直す。
EV販売の減速については、充電網などインフラ整備の遅れに加え、販売価格の高止まりや新しいもの好きの高所得層「アーリー・アダプター」による購入一服などが影響しているとみられている。また、中国の保護主義政策の影響も大きい。中国政府の促進策により、需要を上回る国内の生産能力拡大により国内の価格下落を招く一方、輸出で世界のEV販売上位を占める結果となっている。中国最大手比亜迪(BYD)の9月新車販売台数は、前年同月比+46.0%と米テスラの7-9月の販売台数分に匹敵しつつある。中国では50社以上が新エネ車を生産し、競争激化から輸出に活路を求め、23年中国の新エネ車の輸出は約120万台と前年比78%増と大きく伸長した。
9月末、米政府は、中国から輸入するEVへの制裁関税を25%から100%に引き上げた。それ以前から中国車への規制を実施しており、22年8月に中国製電池使用のEVを対象外とした、新車購入時の税額控除をおこなうインフレ抑制法(IRA)を成立させている。しかし、現段階で中国が独占する低コストのリチウムイオン(LFP)電池の供給網が米国内に構築できていないため、反動が価格の高止まりを引き起こす原因となっている。EVの価格差は、5年間で米欧と中国の間で約2倍に拡大しており、10月にテスラは、中国から調達するLFP電池使用の「モデル3」廉価モデルの注文を中止している。安価な電池が入手困難なため、EVの販売価格も高止まりした結果、数量も増えず、米のEV販売推進策が逆に冷え込ませる結果となっている。
EUも、7月に産業保護を目的に中国産輸入車完成品の追加関税を発表したが、部品・材料は除外されており、中国企業で対象となるものは半分に満たない。同様に、欧米企業の中国生産輸入車も追加関税対象のため、欧州での販売価格を押し上げる皮肉な結果を招いている。EUが中国企業のみに絞り切れない理由には、中国が欧州メーカーの最大の市場で、反対に中国側も欧州車に対する関税引き上げが検討されるためである。グリーンディール政策で先駆けてEVシフト実現を目指したEUは、エネルギー政策の行き詰まりによって、製造コストが高止まりする誤算を招いており、主要国は、財源不足を理由にEVへの補助金を停止、ウクライナ侵略によるロシアからの天然ガス供給も途絶えており、肝心のエネルギー政策は頓挫しつつある。EUでは2035年エンジン車の新車販売禁止方針が打ち出されており、EV普及の流れは変わらないが、創業以来の工場閉鎖を検討するVWやイタリアメーカーには暗い影が忍び寄っている。現状では、短期間での脱中国は難しいため、EV販売の減速は長期化するとの見方もある。
踊り場を迎えるEV市場は、中国をめぐる各国の対応や低コストの電池生産をはじめとする製品の低価格化など、解決の糸口が見えるまで普及への道程は長い。
(戸谷 慈伸)